種・遺伝子チームより (2012年6月)

熱帯の森林における植物の多様性評価


 「生物多様性の非常に高いといわれる熱帯地域において、近年、森林減少が急速に進行している」という話題はすでに耳にされている方も多いと思います。しかしながら、熱帯地域の森林にどういう生物が生育、生息しているのかについては、決して全貌が明らかになっているとは言えません。熱帯雨林は、その高い多様性のために、どういう生物が絶滅に瀕しているかについては、情報が依然として乏しいままであり、科学的な根拠に基づく評価、そして保全対策をとることの難しい状況が続いています。

今回の我々の目的は、東南アジアの生物多様性の保全のための、基礎的資料作りです。東南アジアの森林は世界的に見てもその成立は古く、生物多様性のホットスポットのひとつとして挙げられています(図1)。独特な地史、そして一部では長い間の持続的な人間活動によって、高い種多様性・固有性が育まれてきたのです。これらの森林において、第一次生産者の植物に注目し、「どこに、どんな植物がどれくらい生育しているのか?」を明らかにすることで、今脅威にさらされている種や優先的に保全すべき地域の選定など、保全のためのより有効な対策をとらねばなりません。


1.固有種が集中している生物多様性ホットスポット。東南アジアは全域が赤色となっている。(Myers et al, 2000


これまで、我々はカンボジア、インドネシア、タイ、台湾の森林を調査してきました(図2、図3)。これらの調査地のうち、単位面積あたり最も多様な植物種が観察されたのは、カンボジアの調査地でした。ここでは、設置した10×5mの方形区の中に生えている木本、草本、シダ類、着生植物を含めた維管束植物を調査したところ、126種類もの多数の植物が生えていることが確認されました。皆さんの居住地域で、同様の調査を行った場合の出現する種数を想像していただければ、この場所の多様性が極めて高いことがお分かりいただけると思います。この地域では新種と考えられる植物も多数発見されています。

図2.これまでの調査地と現時点での今後の調査予定地



図3.森林内での調査の様子。インドネシアのスラウェシ島にて


新種の発見が相次ぐような地域では、そこに生育する植物を調べる上で必須となる過去の研究の積み重ね、文献といった資料も十分とは言えません。保全への第一歩として、地域の人に「まず知ってもらうこと」が重要と考える我々は、野外での調査結果を基に、植物図鑑を作成しています。今回、カンボジアのカンポンチュナンという乾燥季節林で確認された3995種の植物について、カンボジア名と学名、生態写真と標本写真を掲載した植物図鑑を作成しました(図4)。今後、別の調査地でも同様な植物図鑑を作成し、各地の植物に対する知見、興味のレベルを向上させていけたらと考えています。



図4.発行したカンポンチュナンの植物図鑑(一部抜粋)

現在、上述したカンボジアの多様性の高い場所においても、環境アセスメントが行われることなく森林開発が進行しており(図5)、植物相の解明が急務となっています。

図5.環境アセスメントがなされないまま、開発が進んでいる様子と伐採現場(カンボジアにて)


「種多様性」という指標を基にした生物多様性の保全を考慮するとき、まずは地域レベルでの植物の知見を積み重ね、それぞれの種の分布域を踏まえた上で、希少性、固有性を評価していくことが必要です。植物相の調査は膨大な知識と多大な労力、そして時間を要しますが、地道な調査の積み重ねが多様性の評価を可能にしていくのです。

文責 田金秀一郎(九州大大学)


引用文献

Myers N, Mittermeier RA, Mittermeier CG, Fonseca GAB, Kent J (2000) Biodiversity hotspots for conservation priorities. Nature 403: 853-858

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