陸水チームより (2012年5月)

自然再生に「40年目の壁」!? :湖沼の水生植物の多様性と再生可能性の変化

水生植物*1は、水中という多くの維管束植物には生育しにくい環境に適応し、特殊な形態や繁殖様式を進化させた、生物学的にとても興味深い植物です。湖の生態系では、様々な動物にエサや住み場所を提供し、生物多様性全体を支える役割を担っています。さらに、漁業資源となる魚類やエビなどの増殖や、アオコ発生の抑制など、人間に対して直接プラスに働く役割を果たしているものも多く存在します。しかし水辺の開発や水質の悪化の影響を強く受け、現在では日本に分布する水生植物の約半数が、絶滅が危惧される植物としてレッドリスト*2に掲載されているのが現状です*3

日本の湖沼では、昔はどのくらいの種類の水生植物が生育し、それはいつごろから減少したのでしょうか。私たちは日本中の湖沼の過去約50年間を対象に、植物相を記録した論文や報告書を収集し、水生植物の種数の変化の解析を進めています。その結果、植物種の減少が生じる以前の時点で種数が多かった湖沼のベスト3は、霞ヶ浦(51種)、福島潟(42種)、手賀沼(36種)であり、このような低地にある浅い湖沼は、元来水生植物が豊かであったことがわかりました。しかし低地の湖沼は、水田開発に伴う湖岸の築堤・干拓、集水域の人口増加や農業の近代化の影響を受けやすく、特に1970年代ごろから植物種が顕著に減少していたことがわかりました(図1a)。また北海道釧路湿原のように自然が豊かと考えられる地域でも、1990年代以降に水生植物の種数は急速に減少したことがわかりました(図1b)。このような水生植物の減少は、それ自体が生物多様性保全上の問題であるばかりでなく、動物相の変化や漁業の衰退、水質の悪化など、様々な問題の主要な原因の一つとなっている可能性があります。

図1.  記録された水生植物種数の時間的変化.関東地方(a)および北海道(b)のデータが得られているいくつかの湖沼について示す。データの出典は*4


しかし、植物相調査で記録されなくなった種が、すべて「絶滅した」とは限りません。地上から消えてしまった植物でも、種子が土の中で生存していれば、環境の回復により復活することができます。土の中で生存力を保っている種子の集団を、土壌シードバンクといいます。土壌シードバンクは、人間活動によって変容した生態系を回復させる「自然再生」において、きわめて重要な材料となります。植生回復のために他の地域から植物を導入すると、遺伝的な攪乱などの問題が生じますが、その場所に過去に生育していた植物の子孫にあたる土壌シードバンクを活用すれば、そのような問題が生じないからです。霞ヶ浦や印旛沼では、種子を豊富に含む底質土を植物の生育条件を整えた場所に撒くなど、土壌シードバンクを積極的に活用した植生の再生事業が行われており、このような事業では、地上の植生から消え、絶滅したと思われていた植物の「復活」が確認されています(図2)。


図2. 印旛沼で行われている土壌シードバンクを活用した水生植物の再生.湖岸の一角を板で区切り、その内部で底質のヘドロを除去し、土壌シードバンクが豊富に存在する地面を露出させるとともに、昔の水位変動条件を再現した結果、地上植生からは消失していた多様な沈水植物が復活した(千葉県による取り組み)。枠内はこの事業で復活したコウガイモとオオトリゲモ。

では、「植物は消失してしまっても土壌シードバンクからいつでも再生できる」と言えるのでしょうか?答えはNoです。土の中の種子も「生き物」ですから、食害、病害、寿命などのために時間とともに消失していきます。地上に植物が生育しており、種子の消失を上回る数の新しい種子が土に供給されている状態であれば、土壌シードバンクは安定して存在できるでしょう。しかし、地上から植物が消えてしまうと土壌シードバンクは次第に減少します。それでは、土壌シードバンクを用いた自然再生は、植物が地上から消失してから何年後まで可能なのでしょうか?

土壌シードバンクの調査が比較的よく行われている霞ヶ浦において、「過去に分布記録があるが現在は消失した植物種」を対象に、それぞれの種が「消失した時代」と「再生可能性」*3との関係を分析しました。その結果、消失してから10年が経過していない植物種の多くでは種子の生存が確認されていますが、40年以上経った種では種子がまったく確認されなくなり、再生がきわめて困難になることが示唆されました(図3a)。種子の生存が確認できる種の割合が消失してからの時間に伴って低下し、消失してから40年目に「超えにくい壁」が存在するようです。同様な傾向は、印旛沼でも示唆されました(図3b)。

 

図3. 地上植生から消失してからの経過時間と再生可能性*4の関係.青いバーは再生可能種数、赤いバーは再生困難種数、バーの上の文字はそれぞれに該当する種名、バーの上の数字はそれぞれの消失年代のうち再生可能種が占める割合を、霞ヶ浦(a)および印旛沼(b)について示す。

1970年代頃から水生植物が急速に姿を消した湖沼が多いことを考えると、2010年代はまさに「壁」にぶつかりつつある時代といえるでしょう。「自然再生の締め切りが迫っている」と言ってもよいかもしれません。自然再生事業は、公共事業の中では、時間や予算の都合から後回しにされがちですが、このまま放置すれば、将来「再生させたくても必要な材料がない」という状態に陥ることが予測されます。もちろん、種子の生存には偶然も影響するので、40年を超えると再生がまったく期待できないということはありません。しかし、再生にかかるコストは、植生が衰退・消失してからの時間経過とともに急速に上昇することは確かです。逆に、上記した釧路湿原の湖沼のように、植物の衰退が最近になって進んだ湖沼では、早めに取りかかることで費用対効果の高い自然再生の実現が期待できるでしょう。

環境条件が大きく劣化した湖沼でも、自然再生の可能性を将来につなぐために、「土壌シードバンクの保全」を図ることが重要であると考えられます。それは、土壌シードバンク中の種子が発芽し、成長し、新しい種子を実らせることができる環境を、たとえ小規模にでも維持することによって実現します。自然再生の取り組みでは、地上に残された植生だけでなく、地下のシードバンクも含めた保全を緊急的・優先的に行いつつ、生態系全体を視野に入れた議論や科学を熟成させていくことが必要なのではないでしょうか。

文責 西廣淳(東京大学農学生命科学研究科) 


*1  ここでは浮葉性あるいは沈水性の維管束植物を「水生植物」と呼ぶ。

*2  環境省 http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=8648

*3  霞ヶ浦および印旛沼の湖底の土壌シードバンクの種組成を調べた研究で、生存種子の存在が確認された種を「再生可能」と判断した。土壌シードバンクのデータの出典は、西廣ほか(2003)保全生態学研究 8: 113-118, Nishihiro et al. (2006) Ecological Research 21: 436-445, 黒田ほか (2009) 応用生態工学, 12: 21-36, 久城ほか 水草研究会誌. 91: 1-5, 久城ほか 応用生態工学,12: 141-147, 霞ヶ浦河川事務所「霞ヶ浦の湖岸植生帯保全のための緊急保全対策」報告書, 千葉県「印旛沼水質改善技術検討会植生ワーキング」会議資料.

*4  桜井 (2011) 国立公害研究所報告22 11-16, 茨城県高等学校教育研究会生物部 (1967) 23-43, 同 37-46, 茨城県自然博物館 (1998) 茨城県自然博物館第1次総合調査報告書:筑波山・霞ヶ浦を中心とする県南部地域の自然, 同 (2001) 茨城県自然博物館第2次総合調査報告書:鶏足山塊・涸沼・県央海岸を中心とする県央地域の自然, 国井 (1952) 千葉大臨海研究報告 3: 57-62, 我孫子市 (1993) 我孫子市自然環境調査水生生物調査報告書, 浅間 (1989) 手賀沼の生態学, Nakano 1911 Botanical Magazine 25: 25-51, 小林・岩木 (1998) 水草研究会報 2: 11-20, 大滝 (1991) 水草研究会会報 22: 25-30, 角野 (2000) 陸水学雑誌 4: 55-64, 神田ほか (1980) 植物研究雑誌 55: 144-147, 角野ほか (1992) 植物地理・分類研究 40: 41-46, 西廣ほか (2009) 陸水学雑誌 12: 183-190, 環境庁 (1993) 第4回自然環境保全基礎調査湖沼調査報告書.


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