海洋チームより (2012年5月)

光と熱が支える海の生態系


物を食べることは生物の根本です。その基本になる食物は、太陽の光エネルギーを受けて藻類や植物が作り出しています。これは海の生態系でも同じですが、そこには陸上とは違う、海ならではの特色があります。その特色について、海域班(S-9-5)が重点的に調査をしている生態系を例にして紹介をします。

 コンブやワカメなどの藻類やアマモなどの海草は海岸を代表する生産者として知られています。また、生物の住みかを提供するという役割を果たしています。生産物は、草食性の動物の食物になりますが、枯れた部分は微生物に分解されてデトライタス(detritus)と呼ばれる砕片に姿を変えます。この有機物を含むデトライタスは、動物プランクトン(plankton:浮遊生物)また貝類や甲殻類などのベントス(benthos:底生生物)などが食物にします。このデトライタスやマリンスノーなど水中に懸濁しやすい食物を効率良く捕食するため、水生動物ではろ過の機能を発達させた種類が多く見られます。

 サンゴは、刺胞動物門花虫綱という分類群に属する動物です。海岸から水深1500mの深海にまで生息する動物で、体の構造はイソギンチャクとよく似ています。南洋の景観を代表する造礁サンゴは、浮遊物を食物とする動物でありながら光を必要とします。サンゴは、単細胞藻類(zooxanthella:褐虫藻)と共生することで安定した栄養の供給を受けて活発に生育し、大きなサンゴ礁へと成長することができます。動物が植物(光合成生産者)の能力を借りているようにも見えますし、また褐虫藻が動物を住みかにしたともいえます。いずれにしても、表層での栄養が枯渇しやすい熱帯の海に適応するために動物と微生物が協力した結果ではあります。


図1 南西諸島石西礁湖
 水深5-10メートルに広がるサンゴ礁には多様な生物が生息しています。


 外洋は、底知れずの深海の上にあり、見渡す限りの海という環境です。ここでは表層に生息する単細胞の植物プランクトンが生物生産を支えています。植物プランクトンの繁殖地は草原と違い、海水の流れとともに水平方向に移動し、鉛直方向に沈降してマリンスノーとなります。最後は海底に堆積するのですが、その途中において、動物に捕食され、微生物による分解と再生産を受け(微生物ループ)、その姿と成分を変えてゆきます。陸から離れた海での栄養源は、深海からの湧昇流と風に吹きとばされてきた土ほこり(風成塵)です。湧昇流は、海山などの地形に海底での流れがぶつかり上昇する、また風が吹きつけ表層の海水が流れると深層から海水が持ち上がるなどで発生します。また北太平洋のある海域では、ユーラシア大陸で吹き飛ばされた土ほこりから供給される成分が生物生産を支えています。陸域と海域、近ければ河川が、離れていれば風が、それぞれの生態系を結びつけます。


 深海は光が途絶える環境です。マリンスノーとして降り注ぐ表層の光合成産物や動物の遺骸が栄養源ですが、もうひとつ供給源があります。それは、物質の酸化還元反応を利用して有機物を生産する化学合成です。その代表的な環境が熱水活動域です。1970年代後半から続く深海探査により、すでに400以上の熱水活動域が発見されています。熱水活動は、火山活動と同じく地球内部の熱エネルギーを原動力にしています。この熱エネルギーが熱水循環を生み出し、酸化還元エネルギーを含む物質(水素、硫化水素、メタン、鉄など)を地球内部から運搬し、これを化学合成微生物が利用して有機物を生産します。この地球内部の熱エネルギーが生み出す熱水循環は、地球において生命が誕生する原動力となり、40億年にわたり連綿と生物生産を続け、熱水生態系を支えてきました。現在、熱水循環系を通る水量を海洋全体で見積もると、河川から流入する全水量と同等であると試算されています。陸上にも温泉はありますが、深海の熱水域ほどの生物生産の力はありません。
 

図2 光合成と化学合成が支える海の生態系
深海に届けられる光合成のマリンスノーはわずかです。深海底の化学合成は、深海生態系を豊かにしています。


 さて、深海の化学合成生物群集にはサンゴ礁生物群集と同じ特色があります。熱水噴出孔周辺に生息する貝類や甲殻類には、化学合成バクテリアと共生して栄養を獲得している動物がいます。生息場所も相手も違いますが、食物を得るのが難しい環境への適応手段として、微生物との共生は広く使われたと考えられます。


図3 熱水噴出孔周辺の生物群集
右側に熱水噴出孔があり、そこから離れると生物の生息数が減少する。熱水の成分による微生物生産が生物群集を支えています。

 光と熱のエネルギーが支える海の生態系、40億年の歴史のなかで姿を変えながら、豊かな生物多様性を維持してきました。この100年余り、人間活動は海へと進出し、漁業活動や海底でのエネルギー・鉱物資源開発の手は水深1000mの深海底に到達しています。「深海は地球最後の秘境」という言葉が、もはやむなしく響いてきます。生物多様性の正確な情報をデータベースとし、そこから生態系の現状と回復力についての的確な知識を導き出せれば、末永く海洋環境と資源を利用し続けることができるはず、と思います。


文責 山本啓之(海洋研究開発機構)

参考資料:

YouTube「海の生物多様性~見える多様性、見えない多様性」

海洋生物多様性保全戦略

海洋生物多様性データベース:



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